小林雅子詩集『青銅の洗面器』

詩集

小林雅子詩集『青銅の洗面器』

小林雅子詩集『青銅の洗面器』から

木の葉  

さながら 交通標識のように
木の葉は一枚一枚きらめく
それは 海越えて渡って来た
鳥たちへの暗号です
彼らに夏の宿を知らせる
無数の小さな反射鏡です
キラキラ 右へお行きなさい
キラ   左へ曲がりなさい
木の葉は一枚一枚きらめく
さながら 交通標識のように

夕ぐれのなかに潜んで
木は 何を思っているのだろう
夜の衣のすそをかかげ
枝の間にしじまを張りめぐらせ
暗さをひきこませ
葉たちも動きを止めている
木よ!
沈黙のなかに
帰らぬ鳥を待っているというのか

ゴイサギが
闇のあいまをすりぬけて
あざけりながら渡っていった
夜の気配は ひしひしと
木々のあいだにせまってくる
黒い光沢が湖水に広がり
窓の灯は ゆらりとゆがむ
魚があわててはねるとき
灯は散って
湖は 深い夜と溶け合った

十一月の丘

十一月の丘の上
灰色の空が 目の前に広がり
風は
枯れた草のかたまりを
音もなく もちさる
いつも 十一月の始まりには
風に吹かれに 丘に登る
乾いたほほを
さわっていく風は
わたしを 何にさそうのだろう

風のない日

風のない日は 世界が止まる
動いているのは わたしだけ
風のない日は 音も止まる
聞こえているのは 鼓動だけ
風のない日に通りを歩く
そこにいるのは わたしだけ
高く凍った大気の中に
すべてのものがすいこまれ
わたしといっしょに歩くのは
遠い遠い気配だけ

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