片岡美沙保詩集『ねこのまえあし』

詩集

ねこのまえあし 発行日 2021年7月31日
ISBN978-4-905036-27-2 C0092 定価1000円(本体909円+10%税) 
著者 詩 片岡美沙保  絵 浜田洋子

お花をつみにゆきました
だれかのかなしみを

猫たちは、野辺のたんぽぽのようにたくましく、
晴れた日にふる雪のようにはかなかった。

待望の詩集

著者 片岡美沙保(かたおかみさほ)
一九七七年 茨城生まれ。
第一詩集『オベリスク』( 茨城文学賞)
第二詩集『月宮記』
茨城県詩人協会会員、日本詩人クラブ会員、「やさしい詩を書く会」会員

片岡美沙保詩集『ねこのまえあし』から

かなしみ

皿に雨が降っている
陽は線をみせている
波紋が散らばり
岸にすわれてゆく
沈むものがあるのだ
残りの日を

きみは泣きぬれて明るいほうへ走りさる

雨が降っている

岸が
雨にけぶる
森が
間遠くひかる

キィ
キィ

夕べの椅子をひく

皿に
雨が降っている
匙がしずんでいる

しらない家の

  (クロのうた)

きみは はなのもとに ねむり
ふるはなびらに みみを うごかす

みみは ひにすかされ うすく みちをひき
はなびらたちは みちを さらされてゆく

ひたいに みしるしのように はなびらはおち
きみは いかいを そまず さまよう

つむりのなかで きみは ひごと わかくなる
はなびらに しずみ しずむにうかび

きみは かすかに あいている
そこからもれでる といき

きみが なくのを むねにきく
きみが なくのを 

  お花をつみに
                
お花をつみにゆきました
ふうちゃんのかなしみをつみたくて
わたしは あさゆう
ふうちゃんのかなしみに似た色の
お花をさがしてあるきました

しろい家の庭のかたすみに 
お花はさいていました
ふかい、ふかいるり色をした花でした

プツッと音をたてて お花をつんだとき
わたしのこころも 
プツッと なるようでした

ふうちゃんに お花をわたしました
ふうちゃんは すこしよろこんだけれど
お花がかわいそうで 
こんどは二人で 
るり色のなみだをうかべたおんなのこを
さがしにゆきました

たくさんの人とすれちがいました
どの人も そのひと色のなみだをためて
いきていました

ある町をとおったとき、
ほそい木のかげに
おんなのこがしゃがんでいます
みると、るり色のなみだをうかべていました
ふうちゃんは おんなのこのなみだを
そっとぬぐうと
おんなのこの サラサラしたかみの耳もとに
お花をかざってあげました

おんなのこはうふふとわらいました
ふうちゃんもうふふとわらいました
お花もきれいにかおっています

お花をつみにゆきました
だれかのかなしみを

  夏の日

祭りの日、お囃子のなか、町を出る。
お盆休みのあいだ、血のつながる人たちと過ごす。二階建てのその家は、昔、麹屋を生業とした。石倉と、広い庭があった。
蝉時雨のなか、氏神様に手を合わせる。蝉が、けやきの木に幾匹もとまり、鳴き声がふりそそぐ。小さなうろのあるサルスベリが紅く咲き、足元には鶏頭がならんでいた。玄関先には、フウセンカズラが風にゆれていた。わたしは内気で挨拶もろくにできない。いつも、気の利いた兄の後ろにかくれた。
毎夏、年の近い横浜の従姉妹たちと遊んだ。姉はよく喋り、妹は無口だった。ドールハウスに人形遊び、それに飽きると、ピアノを弾いた。たどたどしいアラベスクや紡ぎ歌が客間からこぼれた。夜、年上の従兄たちが二階へ上がってゆく。そして、一晩中酒盛りをした。翌日、昼近くなって、従兄たちが降りてくる。遅い朝食を、酔いのさめない顔をしながらかきこんでいる。
わたしは、二階が好きだった。二階からは庭が一望できる。南の窓から、風がふき込み、カーテンが帆のように膨らむ。わたしは、本棚のなかの漫画に熱中した。ナッキーという少女の出てくる漫画だった。夜、手持ち花火をした。線香花火をするころ、わたしたちは夏を終えている。線香花火の赤い玉が、それぞれの夏に落ちてゆく。

ボンボン時計が四つ鳴った。階下から、祖母のいびきが聞こえる。わたしはひとり、階段を降りてゆく。家が、寝静まっている。寝息のなかに、家の声を聞く。毎夏、家の声を聞きに行く。

シルヴィア                                           

しろいひびがあって

いろのぬけた日と
いろのぬけたからだを
細長い目をしたむすめはもっていました

文字はむすめをさっていましたから
かぜのそよぎやうたをたのみにいきていました

むすめはうたをさがしていました

それは
しっているのにわすれてしまっているうたでした

あめがふりました
あめはじょうねつてきでした
むすめはからだをぬらしながら
じぶんからひかれるあめのみちを
細長い目でみつめていました

あめはさってゆきました

よるがきました
よるはおしゃべりでした
よるはだれかのかわりにはなしをするのがすきでした

むすめのうたのことをたずねてみました
よるはくびをかしげて
それはしらない
といいました
かわりにおはなしをひとつしてくれました
むすめがめざめるとよるはもういませんでした

いつのまにかむすめのかみはのびていました
かみがかぜにそよいでみみもとでさわさわとなりました

とおいひびがやってきました
とおい日 むすめはなにをしていたでしょう

そう 少年とあそんだ
むすめとおなじ細長い目をした少年と
あそんだのでした

  とおい とおい むかし
  
  あなたとあそんだ
  
  あなたはわたしにかなしい といった

  わたしたちはそれをうたにしてあそんだ

  わたしたちはそれをかぜにのせた

  わたしにはきこえる

  そう きこえる

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